熱処理をして鉄が固くなるのは Heat Treatment
● 熱処理とは
● 水と鉄で何が違うのか
 状態の変化
 他の物質を溶かす
 他の物質を溶かしたまま固体にする
● 結晶構造を考える
 鉄の結晶構造
 炭素の最大量
 焼き入れ
 熱処理をして鉄が固くなるのは、鉄も水と一緒だからー
● 焼き入れの欠点と解消方法、焼き戻し、合い取り
● 炭素以外に鉄を固くするもの
  実際に見てわかる元素の図鑑
 熱処理とは、、物に熱を加えることなので、レンジでチンや、手術器具の加熱殺菌、日本刀の焼き入れなど全部をさすのだと思いますが、ここでは日本刀の焼き入れなどの、金属の焼き入れ、焼きなましなどに限った熱処理とは何かを説明したいと思います。
 熱処理をすると固くなるものは日本刀以外にもたくさんあります。ガンプラを作るときに使うピンセットやドライバーもそうですし、車やバイクのトランスミッションに使われているギア、ベアリングもそうです。
 チコちゃんに叱られる風に言うと、「熱処理をして鉄が固くなるのは、鉄も水と一緒だからー」になると思います。
 素材、熱処理の専門家の方からは「違うだろー」、と、言われそうですが、理解しやすいのでその線で説明してみたいと思います。
● 水と鉄で何が違うのか。
〇 状態の変化
 水が温度で状態が変わるのはよく知られています。水は、0度C以下で固体(氷)、0度C以上で液体になり、100度Cで気体(蒸気)になります。100度Cにならなくても、水の状態でも常時蒸発しています。
鉄は、常温で固体ですが、約1500度Cで液体になり、約2800度で気体になります。2800度Cにならなくても、真空中では蒸発します。
 上で見たように、水と鉄ではそれぞれの状態に変化する温度が違います。下の絵は、温度(横軸)を対数にした、水と鉄の状態変化温度の比較のグラフです。
 固体はグレー、液体は水色、気体はイエローで表示しました。それぞれの温度は、文字通り桁が違いますが、どちらも温度によって状態が変化します。水と鉄では固くなったり、何かを溶かしたりする温度に差があるだけで、似ていると思いませんか。
〇 他の物質を溶かす
 水は、固体の時に何かを混ぜることは(たぶん)できませんが、液体では溶かしたリ混ぜたりできます。鉄も、固体の時に何かを混ぜることは(たぶん)できませんが、液体では可能です。
〇 他の物質を溶かしたまま固体にする
冷却すると固体に戻りますが、ゆっくり冷却する場合と、急速冷却する場合で、別のものができます。
 下は、水溶液を冷却した場合と、溶けた鉄を冷却した場合で、それぞれゆっくり冷却した場合と、急速冷却した場合にどうなるかをイメージで説明したものです。
 水溶液は、0度Cでは凍りません。溶けた物質の量が多いほど、凍り始める温度が下がります。
 ある温度で凍り始めますが、氷が大きくなるにつれて、残された水溶液は濃縮されていきます。このため、その部分が凍るにはさらに低温にならないと凍りません。ゆっくり冷却した氷は、マイナス5度C程度では、純水の氷の結晶と、濃縮水溶液になります。これは、氷山と周りの海水に似ています。
 対して、急速冷却の場合は、氷の中に水溶液が閉じ込められて、水溶液は見当たりません。これは、例えばアイスキャンディーの状態と似ています。
 他の物質が解けた鉄は、常温では個体ですが、ゆっくり冷却すると、鉄の結晶と、鉄と物質でできた結晶の混合物になります。急速冷却すると、鉄と物でできた結晶は生成されず、鉄の結晶に物質の結晶が入り込んだものになります。
 映画ターミネーターでは、無敵の液体金属新型ターミネーターは、最後には溶けた鉄に溶け込んでいきました。これが、いつか温度が下がるわけですが、ゆっくり冷却して鉄が固体に戻っても、液体金属は液体のままだったら、また集合してターミネーターに戻っちゃうんじゃないかと心配したのは私だけだったのでしょうか。。。
● 結晶を考える。
 水も鉄も、固体の時は構成の最小単位である分子(金属は原子)がならんでいて微小振動をしています。(絶対0度で振動はなくなります。)金属は、原子間にほかの原子を入れることは大変難しいと思います。
 水などの液体では、ほかの物質が分子間に入りやすいようになっています。
 常温での金属原子は、微笑振動をしていますが、ほかの原子を受け入れられるほど大きくありません。
 常温で炭を塗って刀をたたいても炭素は刀に入りません。常温の金属は、原子が移動できる距離が非常に小さく、ほかの物質の原子(炭素など)が入り込む余地はないからです。
 温度が上がって液体状の金属原子は、水分子ほど離れられませんが、原子が動ける距離が固体の時より大きくなります。
 金属原子は、温度が上がると移動可能距離が常温より増えるため、常温の時と比べてほかの物質(炭素)の原子を受け入れやすくなると思われます。
 鉄が熱処理をして固くなるのはなぜという疑問では、日本刀をもとに考えていました。刀鍛冶は固体のままで鉄を鍛えます。刀鍛治の世界では、「炭切り三年、向こう鎚十年」といわれるそうです。赤く熱して、たたいて、また熱してを繰り返して鍛えていくそうです。
 温度が上がると、結晶構造も変わります。常温では、中央部に原子がある、ぎっしり詰まった状態です。温度が上がると、各面の中央に原子がある構造になります。色が同じだとわかりにくいので、中心にある原子と、格子の頂点の原子の色を変えた模式図が下記です。
 このような構造の中に、炭素などのほかの原子を入れることになります。一番下の層だけにして、他の原子を入れる場合の模式図が下記となります。原子の個数が減ったので、中心の原子と格子の頂点の原子は同色にしました。鉄原子(ブルー)の大きさは0.248nm、炭素原子(オレンジ)の大きさは0.15nmなので、炭素原子は若干小さくしました。
 左右どちらの構造も、「ぎっしり」詰まっている状態には変わりありませんが、温度が上がった右の結晶構造のほうが、炭素原子を入れ込む余地が若干ありそうです。
 結晶構造に加え、原子が移動できる距離も高温のほうが大きいので、高温で炭素原子が鉄原子の間に入ることが可能になるのではないでしょうか。
 鉄の原子間にどのくらい炭素原子が入るかですが、限度があると思われます。実用的には、炭素量7%以上は、ほとんど使われていませんので、実質7%程度が最大値だと思っていいと思います。炭素量2%までを鉄鋼、2%から7%までを鋳鉄と呼んでいます。
 鉄の歴史は古く、我々の大先輩方が多くの研究開発をされているので、鉄鋼、鋳鉄以外にも、炭素量と温度によって鉄の構造がどのようになっていて、それぞれどういう名称なのかは詳細に知られていますが、ここでは割愛させていただきます。
 鉄に炭素を取り込んだ場合、鉄をゆっくり冷やすと、大部分の鉄は元の構造に戻り、炭素のそばの鉄は炭素との化合物になります。
 日本刀は、たたいたあとに、放置することはありません。熱いうちに水に入れて急冷します。このように、急冷することを焼き入れといいます。焼き入れは鍛えた鉄を仕上げる重要な工程です。
 水で急冷すると、原子はその位置で固定されます。これは、炭素原子が鉄原子の60%くらいの大きさなので、移動する余地がないからだと思われます。例えば、ピンポン玉の間に米粒を入れるような大きさの差であれば米粒は自由に動けますが、ピンポン玉の60%の大きさの物の場合は、簡単にはピンポン玉をどかして動くことはできません。
 常温になると、鉄原子の間に炭素原子があるため、鉄の原子構造はひずんだ状態になります。「ひずんだ状態」は、「力がかかった状態」を意味します。(力とひずみの関係詳細は、材料力学参照)
 模式的に描くと上のようになります。本来ない隙間に炭素原子がとらわれている状態になっています。
 急冷が肝心なのは、ゆっくり冷やしてできる炭素と鉄の化合物を回避するためです。化合物の生成速度より早く冷却するような速度で急冷することが焼き入れの肝だということになります。
 水で急冷する日本刀は、刃の厚みが薄いので、刃のどの部分もほぼ同じ速度で冷却され、刃渡り全域で、均等に焼き入れされていると思われます。
 チコちゃんに叱られる風に「熱処理をして鉄が固くなるのは、鉄も水と一緒だからー」とは、鉄が熱処理で固くなるのは、鉄の原子の配列が他の原子を受け入れやすくなっている配置になったときに炭素原子が入り込み、そのままの位置関係で固定するためです。なんとなく理解していただけたのではないかと思います。
● 焼き入れの欠点と解消方法、焼き戻し、合い取り
 急速冷却で歪んでいるので、もろく、衝撃などがかかると壊れやすいのが欠点です。焼き入れ時の歪の原因は、組織の変化の部分的な未完了、溶け込んでいた物質の析出の部分的な未完了などです。歪が原因で、時間が経過すると何も力を加えなくても割れたりする場合があります。自然に割れなくても、非常にもろい状態です。これらを改善するために、焼き戻しを行います。
 焼き戻しは、自然に割れるのを防止するため、焼き入れ後1,2時間以内に行います。再度数百度の温度に加熱し、一定時間保持します。鉄は固体のままですが、組織変化の未完了の進行、取り込んだ物質の析出未完了の進行が行われ、脆さを解消するものです。焼き入れ時の硬さを保ったまま、靭性が回復します。
 日本刀の場合は、「焼き戻し」とは言いませんが、ゆっくりと200度C弱の温度で保持する「合い取り」をして靭性を確保するそうです。
 炭素以外にも、鉄を固くするものは複数あります。また、鉄をもろくするなどの有害なものもあります。元素を順番に並べた周期律(=周期表)に、有効な成分を有害な成分を色を付けて示しました。
 
 下の絵は、周期律の一部です。(名称は、個人的見たり触ったりしたことがあるものだけです。)
 緑:基本元素 鉄Feと炭素Cが、鉄鋼の基本元素です。
 赤:有効元素 高強度化などに有効な合金成分として知られている元素です。
 グレー:有害元素 鉄鋼をもろくするなど、有害な成分として知られている元素です。
 周期表で見ると、有効、有害な成分はまとまっているように見えます。
 基本元素鉄Feの左側には、チタンTi、バナジウムV、クロムCr、マンガンMnなどの有効成分が7元素ほどかたまっています。鉄の右側には、有効なニッケルNiと有害な銅Cuが隣り合わせに並んでいます。
 基本元素炭素Cの左と下には有効元素があり、右側に有害元素のリンPと硫黄Sが並んでいます。
 鉄、炭素、硫黄などは普段よく目にしますが、そのほかの物質はあまり見ることはないと思います。興味がある方は、元素の図鑑などを参考にされるといいと思います。個人的には、「元素図鑑」という本を持っています。写真がきれいなので、その物質がどんなものか、見てわかります。ほかにも鑑形式の本があるので、興味があれば1冊購入するのもおすすめです。
Author: T. Oda
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